一体改革法案 [取材の雑ネタ]
日経朝刊のべた記事で
きょうから(ひっそりと)実質審議
がはじまります。
子育てや介護は社会が担うのか、
それとも子育てや介護があっても社会に出て仕事や活動をする女性は自分勝手で無責任な鬼嫁だと、これからも言い続けるつもりなのですか(とくに前与党さん)
もっと情緒的な言い方をすると、人生をかけてかき集めた冨も含めて親は子どもの個人的な所有物なのか。子どもはブランドバックと同じで個人的な欲求を満たす親の所有物だというのか。介護や子育ては家庭の責任だという考え方は、裏を返せばこういった親や子は個人所有であるということでしょう。
絆って言葉がやたらと流行っているけれど、私たちは一人で生きていけない社会的な動物だとしたら、そう考えると、これまでのやり方がとても貧しく思えます。
社会のゆりかご というかつての中国共産党やソ連的な考えじゃなくって、社会という安定した台地があるから思いっきり飛べるんだという自由をイメージしています。介護や子育ての社会化には
この改革では、これは日本国民の「家族のカタチ」を見直そうという提案がされているけれど、そんなの無視され、財政論や政局になってるのがとても残念です。
日本国民には一歩を踏み出す度胸が試されています。
一族の財産で生きていくのか、それとも社会の豊かさに自由を求めるのか
そういうことだと思っています
福祉ジャーナリスト
安藤啓一
救児の人々 [取材の雑ネタ]

話題になっていたこの本をようやく読み終えました。NICUがテーマなんだけれど、チチは著者とは少し違った考えを持っています。
超低体重児を救えたりする医療は素晴らしいです。これは疑う余地はないと思います。
本書では、障がい児を抱えて暮らすことの困難さなどをレポートしているけれど、問題は過剰医療という視点ではなく、ここまで発展した医療に大きく後れをとっている児童福祉や就労支援や、そのほかもろもろの社会資源にあります。
障がいがあろうと、障がい児の親であろうとも、それを理由にどうして仕事したり通学する、ささやかな生活の希望を奪われなければならないのでしょうか。
日本国憲法でも保障されていることです。日本国民にはこの豊かな社会の恩恵を享受する権利があるのです。だれでも、歩いたりして移動すること、会話したり書いたりというコミュニケーション、働くことは無条件で保障されるものです。ただ身体障害や家族の事情でそれがかなわないとき、それは社会がどうにかするものです。
だから障がい児が自宅で家族と暮らすのにドンだけのコストがかかろうとも、それは社会の責任で環境をつくらなければなりません。
日中、親は自分の仕事するんだから、その時間(10~12時間)の看護体制とか、びしっと提供しなければなりません。医療依存度が高いからと、児童施設や保育所がそれを拒むようなことがまかり通っている現状があまりにプアで、関係者はそれを自覚すべきでしょう。
我々の多くは医療から置いてかれてます。もちろん医療も多くの課題を抱え込んでいるけれど、その他の部分が遅れていることに比べたら、たいしたことないように思います。
一人の人生を多くの社会資源が支えているけれど、それらがどこまでやているか、激しい偏りがあるけれど、それらのバランスを目指すのではなく、トップにあわせて、遅れているその他の分野がキャッチアップしなければなりません。
かつてEUの議員さんにインタビューしたとき関心したことがあります。
EUは複数の国家の集合体だから、とうぜん制度はバラバラ。でもそのままじゃ共同体としては問題だから、制度の統一を目指すことになります。そのとき目標は加盟国のうちで最先端に合わせてその他の国がキャッチアップするそうです。
まあまあと調整で物事をまとめる日本とはちょっと違う発想ですね。いま社会保障で期待されていることは、そういった発想での一体改革です。例えば「子育ての基本は家庭」等と言っている時代遅れな政党といか、カンベンして欲しいなと思った朝でした。
ヒヤリハット [仕事雑感]
いやあ、危なかったです。
それは一昨夕のできこごとでした。原稿書きに夢中だったんだけど、すっと嫌な風を感じたというか胸騒ぎがして手帳を広げたら、完全に忘れていた案件を発見! 平静を装って発注元にスケジュールの確認をしました。
だから昨日は大急ぎでリサーチと取材アポ。なんとか段取りを終え、原稿書きに復帰したというわけです。思い出したのがもしう今日だったら……と想像するだけでゾッとします。
スケジュールが詰まっているときこそ、丁寧な仕事をしなければ!
今日は締め切り迫る単行本の原稿をまとめながら、塩漬けになっているインタビューのテープ起こしも進めないとなりません。
夕方にはムスメ2号がプール教室の初日なので付き添わないと。冷蔵庫の野菜室が空っぽ。いつ買い出しに行くかが問題です。
桜……、もうだいぶ前のように思えます。
新一年生のムスメ2号も、学校や地域でしっかり居場所を確保したようで、
立ち止まっているのは親ばかり。
取り残されているような寂しさもあったりして
但し、急患はその限りではありません。 [仕事雑感]
昨日の夜はお月様がキレイでしたね。
日付が新しくなってから帰宅したのに、夫婦で呑みつつ録り貯めていた海外ドラマなんぞ見ていたら明け方じゃん。ビックリして、あわててベッドに潜り込みました。
今日は編集作業です。ラフ切って、校正もして、あと子守もするんだろうな。サイドワークで使う資材の発注もしときたい。
下の写真は、先日の撮影練習で歩いた古い町でみかけた看板です。これこそ暮らしに密着した医療だと思います。最近は少なくなりましたね。これこそ本当の医療崩壊です。
GWはキャッチアップのチャンス [仕事雑感]
朝から夫婦ゲンカです。原因はエクセルの編集が下手ってこと。夫婦だから些細なことで譲らず簡単にヒートアップ。あ~ダメだなぁ。娘たちも呆れてました。自己嫌悪。
朝イチで特集を入稿。まあ、ちょいちょい修正のリクエスト来るんだろうなと、かまえておきます。そして次の仕事を急ぎます。メールで取材依頼を2本! それから雨が降り出す前に銀行やらの雑務をしなくては!
午後からはひたすらテープ起こし。とにかく、そろそろ終わらせないとデータにカビが生えてきそうです。
明日は雨。サイドワークの屋外作業は延期だな。でも契約関係の雑務は終わらせておこう。打ち合わせもしておきたいが、どうも担当の一人がGW休暇中。せっかく遅れを取り戻すチャンスなのに、遅れていない人はしっかりリフレッシュなんですね。
木登りムスメ。後のことは考えず、
上だけひたすら見つめるあんたは偉い!
シューティング [取材の雑ネタ]
神話の国に取材で行ってきました。そこは館山の里見氏が左遷(国替え)で飛ばされたという地。しばらく千葉県民だったチチなので、思わぬ縁にビックリしたりして
スケジュールの合間、久しぶりに撮影の練習をしてきました。カメラは面白いけれど、やっぱ難しいですね
肩車しながら取材中 [育児よもやま話]
今朝、保育園の玄関でお父さんから声かけられて、「チチさん、保育園は何年目ですか?」。え~、そんなの忘れてたよと指折り数えたら、今年で9年目じゃん。あと3年は確定です。
9年前、保育園デビューした長女はもう4年生です。もう肩車したくない大きさに育ったけれどせがまれて、ヨイショ
今夜の便で西日本へ。出張からの戻りは金曜日の予定です。その間、書き進める原稿の資料も持っていきますが、あの街の魚やエビは美味いしね、その誘惑から逃れることができるか、自信ありません。
過密スケジュールの取材です。アポの確認や取材資料の整理にパッキングをとっとと終わらせて、滞っている原稿に着手します。
なので各位様、よろしくお願いします。
子どもは「広い」だけで嬉しい [とほほ]
朝から書類の準備して、許可関係の検査で地元の警察署へ。
ゆる~い雰囲気で面談終了は毎年のことなんだけれど、
承認してもらう身としては緊張するもので、ハンコをついてもらいホッとしました。
また1年、よろしくお願いしますと担当の警察官に挨拶して帰宅なり
午後からは雨がポツリ……
なのでってわけじゃないけれど、滞っているテープ起こしを進めました。
昨日は東京で一番美しいとと思っている新宿御苑の花見。肌寒いせいか、
見頃なのに人出は少なかったかな
ここはとにかく広いから、ムスメ3匹はひたすら走り回っていました。
それはもう、まるで犬ころのようです。
やっぱ都会育ちの子どもにとって、どこまでも走れる広さはそれだけでワンダーなんだ
ジャーナリズム×ソーシャルビジネス [仕事雑感]
入稿作業と、緊急の取材コーディネートに追われていました。焦りばかりつのりますが、一つずつこなしていくほかありません。GW進行のおかげで、なんとか遅れを取り戻せそうです。ほうとうは東北旅行に出かけようと予定していたんだけれど、ちょっと無理そうです。
ジーン・シャープというアメリカの学者がいます。おそらくここ数年、世界でもっとも影響力のある人物でしょう。
非暴力行動の198の方法 (from Gene Sharp, The Methods of Nonviolent Action, Boston 1973)を翻訳してくれた方がいました。社会への影響とジャーナリズムを考えるヒントになります。今は深く検討する時間がないので自分のためにメモしておきます。ソーシャルアクションを意識している人にとっては道標になるでしょう。
http://www.peacemagazine.org/index.php?id=2083
福祉ジャーナリスト
安藤啓一





